彼のジレンマ
―ステップ・バイ・ステップ―
「なぁ、クリスマス、どうするん?」
片肘をついた茜が、サンドイッチを齧りつつ唇の端を上げる。その斜め前に座った百合子が、水筒から注いでいたお茶をこぼした。
「え、なになにその反応。めっちゃ気になるやん。もしかして……」
「……う、うちの話はええやん! それより和葉らやろ! なんせ――」
付き合いだして初めてのクリスマスやもんな?
キレイにそうハモった二人が、にんまりとこちらに目を向ける。「なぁ、どうなんよ」
「……べつに。ふつう」
「普通って? まさか何も話してないん?」
信じられない、といった表情で詰め寄ってくる二人に、頷いてみせる。
期待なんかしていなかった。ただの幼馴染から、一応「恋人」と呼ばれる関係に変わったはずではあるけれど、相手は、あの平次なのだ。どうせ、クリスマスが来週に迫っていることにすら気付いていないだろう。
ついついフォークを握る手に力が籠ってしまい、勢いに任せてお弁当の卵焼きを突き刺した。
「大体、この間の約束だって――」
「お、もーらい」
突然割り込んできた浅黒い手がアタシの手ごとフォークを攫う。「え……あ、ちょお!」
「アタシの卵焼き! 何すんねん平次!!」
「ええやんけ1個くらい。ケチケチすんなや」
あっという間に卵焼きを飲み込んだその顔は、どこまでもふてぶてしい。
「これもお前のためや。卵焼き1個分やけど、それ以上足が太なるの防いだってんで?」
「な! 誰の足が太いって!?」
意味ありげにアタシの足に視線を向けてから、満足気に立ち去って行く。「あほー!!」
腹立ち紛れに今度はウインナーにフォークを向けると、呆れたような顔の二人と目が合った。
「なぁ。アンタらって、ほんまに付き合い始めたんよね?」
「……ほんまやもん」
「学校やから、やろ? 二人きりの時は、ちゃうんよね?」
おそるおそる、といった様子で百合子が口にしたその言葉に、首を振ることしかできないのが悔しい。「……ずっとこんな感じやで」
むしろ、二人きりでいる時の方がひどい。そう思ったが、口には出さない。二人で部屋にいても、別々のことをしていることの方が多く、会話もあまりなかった。
付き合い始めてすぐの時は、平次がアタシを「好き」だという、その事実だけで満足だった。
たった一度だけ、でも、確かに平次は言ったのだ。アタシのことを「好き」だと。
けれど、最近は少し不安になる。
アタシたちは、恋人と呼べるのだろうか。
ただの幼馴染だったあの頃と、何か変わったのだろうか。
「……一回、言い返すの我慢してみたら?」
「へ?」
「和葉が言い返さなければ、ちょっとは違う方向に行くんちゃう? 甘えてみるとか」
「あ、甘える!? アタシが、あの平次に……!?」
ムリムリムリ! そんなアタシの否定の声をきれいに無視した茜が、百合子を見やる。
「せんぱい、この初心者さんに教えたって? どうやったら甘い雰囲気になれますか」
「う~ん。ぴとってくっついてみたり、とか?」
「え、百合子、そんなことしてんの!?」
ぽっと、頬を紅くした百合子が、えへへ、と笑う。「そうすると、ぎゅっとしてくれるよ」
一瞬、そんなことをする平次の姿が脳裏に浮かんで、頭がくらくらした。
――平次がするわけないけどな。
自分の中に生まれた甘い期待に気付かないふりをして、そっと、お弁当箱に蓋をした。