ディア・マイ・サンタクロース
「そういや西村のヤツ、今日何で休みやったんやろ」
何気なく口にしただけやったのに、胴着を脱いどったまわりのヤツらの手が止まる。
部活の名残で体は温まっとるとはいえ、コンクリートが剥き出しになった部室の中は寒い。にも関わらず脱ぎかけで肩を出したまま、無言で目配せし合っとる。
「何やねん。お前ら何か知っとるんか」
「……いや、まぁ、知っとるっちゅうか……」
言い辛そうに口を開いた一人が、そこまで言ってまた黙る。何やねん、こいつら。
部員の一人が、部活に来なかった。せやから、その理由を聞いとるだけやのに、何でこないな空気になるんや。
「おい、知っとるんなら言えや」
先程口を開いた一人に詰め寄ると、「なぁ服部。それ、わざと聞いてるんか」
わざとらしい溜息とともに呆れたような声が隣からする。
「意味わからん。当たり前のこと聞いとるだけやろ」
「今日は、何月何日でしょう」
「はぁ?」
ええと、昨日は祝日やったから――
言葉に乗せられるがままカレンダーを頭に描く。そこで、あ、と気が付いた。「分かってくれはったみたいで嬉しいわ」
にやりと、岡本が笑う。その勝ち誇ったような顔が、なんや腹立たしい。
「オンナと会ってるっちゅうわけか」
何考えてんねん、アイツ。部活より、オンナが優先か。
そこまでは口に出さんかったけど、ヤツらには伝わったらしい。着替えを再開させとった手がまた止まる。「……あのなぁ、服部」
「西村の彼女、京都やろ? 明日も学校やし、部活休まな会われへんねん」
「付き合いだして初めてのイブやし、まぁ、勘弁したれや」
「ちゅうか、服部。西村もな、お前にだけは責められたないはずやで」
「せやせや。お前にオレの気持ちがわかるか!ってな」
険しい8つの目が、オレを取り囲んどった。
練習をサボって女に会いに行く、なんて甘ったるい西村に文句の一つも言わんと、揃いも揃って庇うようなことを口にした挙句、いつのまにやらオレの方が責められとるらしい。
これにはさすがに納得いかへん。
「オンナ優先するヤツの気持ちなんか分かるわけないやろ」
当たり前のことを言うただけやのに、ヤツらの目が一層険しさを増したように見える。
「そらまぁ、分かるわけないよなぁ。服部は毎日会いたい放題なんやから」
一人、帰り支度を済ませた上田が、それだけ言うと鞄を手に取った。「ほな、お先に」
……ってちょっと待て!
「上田の言うとおりや! お前は部活の後でも十分会う時間あるからな、ええやろけど」
「どうせ今日かて一緒に帰るんやろ。そろそろお迎えに来るんちゃうか?」
お前らさっきから何の話しとるんじゃ!
そう怒鳴り散らそうした途端、ふっと頭に浮かんだのはアイツやった。今朝、間違いなく目が合ったのに、キレイさっぱり無視しくさった、あの女。
「あれ。けどオレ、だいぶ前に遠山先輩が友達と帰るとこ見ましたよ」
「そうなん? 何でや、服部。今日は一緒ちゃうんか」
「あ、分かったで。さては、気分出してどっかで待ち合わせするんやろ」
つんとそっぽを向き、不機嫌そうに、むっつりと噤まれた可愛げのない唇。そのくせ、いつもより赤くて、なんやテカテカしとった。
あ、ちゃう。こういう時は、つやつや、言うんやったっけ。
以前、思ったままに口にした表現に、ぷりぷりと文句をつけられたことまで思い出す。
「……服部? どないしてん、黙りこくって」
「もしかして、遠山に断られたんかぁ?」
「しゃあないなぁ、ほんなら今日はオトコ同士、何か食って帰ろうや!」
「それより、オレ、ええとこ知ってんねん。みんなで行こうや」
――な、ええやん。付き合ってえな。
そう言って、上目づかいに首を傾げた和葉。
少し胸元がゆるい服やと体勢によってはイロイロと見えてまうことに気付かない和葉は、ベッドに横になるオレを、膝立ちして寄りかかるような状態で見上げてくる。
思わず生唾を飲み込んでしもたことと、おそらくは少し赤くなっている頬を隠すために、つい、邪険にあしらうように装った。
「……おーい、服部。オレらもう行くけど、お前ホンマにええんか」
「もうほっとけって。何やかんや言うてもどうせ遠山と会うんやろ」
「ほな、お疲れさん。また明日な~。鍵かけるん忘れんなや~」
――しかも、今日が12月24日やったとは。
だから何やねん。イブなんてどうでもええやろ。
それが率直な感想やった。そう思いつつも、鞄の中の携帯電話に手を伸ばす。
着信を知らせるランプは、光る気配がなかった。